2017/10
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再会できたペット。当時を思い出して。
先日とても久しぶりな方から連絡を頂いて知ったのですが

皆さんは、2011年の9月に救う事が出来た

大熊町のジョン君を覚えていますか?

ジョン君ですが 昨年の11月に高齢の為に亡くなったというご連絡でした。


当時まだ 大熊町の原発から3キロ圏内は 一時帰宅もやっと始まったばかりで

ある地方新聞に、一時帰宅をした家主が
震災から6ヶ月たってやっと帰宅した家に 愛犬がまだ待っていたという記事を掲載しました。


当初、行政や住民によっての一時帰宅時のペットの回収は始まっていましたが
原発の直下のこの区域は、放射線量が高かったためにペットを一時帰宅時に連れて帰ることも許されてはおらず
行政も、線量の高さゆえに立ち入り保護してくること行えないという判断でした。

ジョンの飼い主さんも同じくで 6ヶ月も家で待ち続けたのを知り再会を喜びながらも連れて帰れない
そんな異常な状況で、放射能という未知なものにおびえていた住民さん達はまともな判断が出来なかったそんな時期でした。

しかし、遠くその記事を見た当時のボランティアさんが代表に相談。

その日その場にいた私もレスキューに向かいました。
私達がレスキューの支度に追われている間に
ボランティアさんが飼い主さんを捜して連絡をつけてくれて住所などがあっという間に解りました。

当時、20キロ圏内というのは、車で入れる道路という道路をゲートでふさいで
大きい道路は警察を配置し許可書が無ければ入れませんでした。

しかも、無人ゲートがより強固なものになっていった時期で
一つ目の向かったゲートも、コンクリートブロックでがちがちにふさがれていて、改めて別のルートへ。

通称ぶたまるルートと呼ばれる険しい山道を抜けて大熊町に出ることに成功しました。

このルート、今では解除された地域なので自由に通れる道です。
しかし、とても険しい道で、道が裂けていたりしてダート慣れしていない人にはとても酷なルートなんです。
今も近くを通ると この道の事 思い出すのですが
よく通ったものだなと本当に当時の異常な雰囲気が
「人の出来ない」という状況を「来るもの」にして
多くの命を救う事に繋がったのだと思います。


大熊に出て最短ルートでジョンのいる家に向かうと
ジョンはちゃんとおうちで待っていてくれました。

最初、置物みたいにちょこんと座って
本当に置物なのかと(^_^;)


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すぐさまリードで捕まえたのですがジョンは少しだけ逃げようとしただけで
私の目を見て大丈夫なの?と語りかけてくれたので
大丈夫。よく頑張ったね。とリードをかけ 車に乗せました。

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ここは原発直下 1キロ未満でした。

後でわかったことですが、この日の空間線量は136マイクロシーベルト(地上1m)
現場に来た人間も、長居は無用です。
ゲージに乗せて直ぐにシェルターに向けて出発。



したんだけど・・・

車の中でジョンはウンチをたっぷりし、ゲージをすごい勢いで破壊し出すしまつ。
途中で一旦判断した結果排泄物だけは片づけることに(^_^;)


そこに本当に運悪くパトカーが。
後ろの扉を開けていたので中も見ていたと思う。
それに、許可も無く入っているし
車にはでかでかと動物救護隊のステッカー。
もうダメだ~と思ったのだけど。


警察の方々、解っていて見逃してくれました。
本当にありがたかった。


後日、飼い主さんとも再会が出来

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避難している先の仮設では飼えないけど
南相馬に住む親せきの家で飼育できるようになったという事で返還することに。

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原発事故から5年と8ケ月 保護時の年齢からもそろそろかなとは思っていましたが

ジョンくん旅だったそうです。




もしあの時みんなの力が一つにならなければあの区域から
救う事が出来なかったかもしれない命 だったジョン

再会できずに、その区域の中で死んでしまったかもしれない命
当時出会った子は その時保護できなければ二度と会えない 死んでしまう可能性の高い時期でした。
ルールを破らなくては救えない命が本当に本当に沢山ありました。



にゃんだーガードという団体があってこそ

多くの人間の 力 が重なったからこそ行うことの出来た 数々のレスキュー だと思います。

当時 心同じくして レスキューに参加した皆様
情報をまとめたり 陰ながら応援してくださった皆々様に本当に感謝いたしますm(__)m



近く、ジョンのお墓にお花を添えられればと思います。

ジョンくん やすらかに✿


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